2009年04月27日

家族の絆

義理の父親が昨日の朝亡くなった。

脳腫瘍の診断を受けて一年ちょっと。
始めは3ヶ月の余命といわれていたのに
ミラクルな時間だった。

一年半前のクリスマスに始めて家にお邪魔して
その後新年のパーティーで会っただけで、
3度目に会った時は既に闘病生活に入った後だった。

自身が脳外科医だったので、刻一刻と進んでいく
症状もすべて自分で診断していった義理の父。

どんな気持ちだったのだろう。

最後は言葉を発することが出来なくなったけど、
亡くなる前日まで人の顔は判断出来ていた。

私たち夫婦は、結婚して丁度7ヶ月。
日本に私が行っていた時期も長かったのだが、
アメリカにいるときは、夫の実家に住んでいた。

元気だったら、クリスマス等なにかイベントがある時にしか
会わなかっただろうが、闘病中生活を共にしたため
私の生活の一部に、義理の父がいた。

闘病中であったとはいえ、
当たり前にいた人が急に居なくなるのが
こんなに寂しいこととは思っていなかった。

亡くなる2日前、
答えは返ってこないと分かっていたけど
思いを伝えた。

もっとゆっくりと話をしたかったこと。
最高の義理の父親であったくれたことへの感謝。
彼の息子(私の夫)を大切にするという約束。
等々。

語りかけながら涙が溢れて仕方なかった。

ぽろぽろと涙をこぼす私の手をとって、
ゆっくりとかすかな笑顔を見せて、
そっと手に口づけをしてくれた。

「お葬式はタキシードで」と
決めていた義理の父。
なぜタキシードか、と義理の母に聞いたら、
「タキシードには楽しい思い出が沢山詰まっているから」
ということだった。


誕生と死は人生のサイクル。
分かっていても慣れるまでは
やっぱりお別れは寂しい。


posted by 高津文美子 at 12:49| サンフランシスコ ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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