2010年11月20日

人生のクオリティー

知り合いがガンだということが分かった。

何もしなくて余命半年。
化学療法をしても2年。

もともと乳がんだったのだが
数年前に手術で摘出。
その後再発もなかったのに
数週間前にあごの感覚がなくなって
歯科に行ってみたり、色々調べていくうちに
すでに全身がガンが侵されていた。

信仰深い夫婦で
このことを知ったご主人は
「一時的なお別れでまた一緒になれるから」
と穏やかだったという。

そして、
私の夫は去年父親を亡くした。
脳腫瘍だった。
皮肉なことに、義父は脳外科医だった。
自分の病名を自分で診断した。

ガンの発覚からちょうど一年間。
抗がん剤をつかい
放射線治療をしたのだが
その副作用は大変だった。

夫の家族は
義父の闘病の時間が
果たして必要だったのか
今でもよくわからないという。

残り少ないと分かっている生命。
質ある残りの日々を選ぶが
戦えるだけ戦ってみるか。
でも、戦ったとしても
2年の猶予。

どうするかは
彼女が決めること。

私ならどうするだろうか。

今までは死というものが正直
あまり身近でなかった。
怖くなかったといってもいい。

好きなことをして
色々経験したし
まずまずの人生だったと思っていた。
いつどうなってもくいはない、と思っていた。

でも、家族をもって
特に子供が生まれてから
自分がいなくなるのが怖くなった。

それは自分がいなくなったあと
残った人たちのことを考えてしまうから。

何かを手に入れることは
それを手放したくなくなることかもしれない。

人生は時に切ない。




posted by 高津文美子 at 14:53| サンフランシスコ ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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